御祭神
高皇産靈神(たかみむすびのかみ)
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝尊(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)
天萬栲幡千幡比売命(あめよろずたくはたちはたひめのみこと)
天之水分神(あめのみくまりのかみ)
国之水分神(くにのみくまりのかみ)
由緒
神社の創建については諸説ありますが、一般的には1189(文治5年)源義経の家臣鈴木重善(善阿弥)が、熊野より奥州の義経のもとに向かう途中、この地で義経討死の訃報を聞きここに留まり隠れ住んだ。その後大和吉野より「子守明神」を勧請してここに祀った、といい伝えられています。(挙母記・鎌倉実記)
この「子守明神」は江戸時代「子守大明神」と呼ばれ、歴代の挙母藩主が敬い、またこの地方の庶民の崇敬の中心となっていました。
明治4年「挙母神社」と改称され現在に至っています。
挙母神社は別名「子守の宮」と呼ばれるように、子供の成長の守り神として昔より「おこもりさん」と呼ばれ、親しまれてきました。
それだけに安産祈願、初宮詣り、七五三詣りにと、いつの世にも変わらぬ親心で参拝者が絶えません。
末社
御鍬社(おくわしゃ)
御祭神
豊受比売命(とようけひめのみこと)
●農業の神で、農業・養蚕が主産業だった昔と変らず五穀豊穣・国の安穏が祈られています。
金刀比羅社(ことひらしゃ)
御祭神
大物主命(おおものぬしのみこと)
金山毘古命(かなやまひこのみこと)
金山比売命(かなやまひめのみこと)
●四国讃岐の金刀比羅が有名ですが、航海安全・商売繁盛の神として崇敬されています。
子守天満宮(こもりてんまんぐう)
御祭神
菅原道真命(すがわらみちざねのみこと)
●学問の神、菅原道真を祀り、進学熱のさかんな折、多くの人が参詣されます。
秋葉社(あきはしゃ)
御祭神
火産靈命(ほむすびのみこと)
●火の神であり、火の幸を恵み、悪火を鎮めます。
子守稲荷社(こもりいなりしゃ)
御祭神
宇迦之御冤神(うかのみたまのかみ)
●農業・工業・商売の神。稲が立派に稔るように、又、商売繁盛が祈願されます。
津島社(つしましゃ)
御祭神
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
櫛稲田比売命(くしいなだひめのみこと)
●疫病・諸難除けの神で、今もこの地方は夏に各所で祭りが盛んに行われます。
境内各所
神輿殿・拝殿
御神殿の南に、神輿殿、拝殿があります。例祭のとき、神輿殿に美しい神輿が置かれ、拝殿で厳粛な神楽、祈祷が行われ、また、美しい巫女舞が舞われます。
参拝の子供の成長を祈念して、巫女のお祓いが行われます。
また、この拝殿には、江戸時代に盛んであった狂歌の奉額があります。三河、尾張の指導者的立場にあった朝倉庵三笑の奥書があり、当地の三衣庵袖人が江戸へ赴き集めて奉納したもので、「子守宮」「匂い桜」「衣の里」が石川雅望・鹿津部真顔など、著名の狂歌師によって数多く読み込まれています。
楠(市指定の天然記念物、樹齢推定650年・根回り9.5メートル)
元亀3年(1572年)瑞光院が火災の折、薬師如来が、この楠に難を避けられたとの伝説があります。
このほか境内には市の名木指定の、銀杏、鹿子の木、櫖の木があります。
匂い桜
『立ち帰り猶見てゆかん さくら花 衣の里ににほう盛りを』
今は二代目の桜ですが、境内忠魂碑前南横にあり極めて由緒ある桜です。
富士紀行・覧富士記爲家歌集・三河紀行・夫木和歌抄に詠まれた左近中蔣源具氏のは有名で、またこの桜の前に俳聖芭蕉による「木のもとに汁も鱠も桜かな」と詠んだ句碑もあります。
八日市
境内では、数十年来、毎月8日に、植木、農産物、衣料、食料品、日用品、飲食店など、百以上の店が軒をつらね、多勢の人で賑わいます。
商店街ものぼりを立て、老若男女が楽しみます。